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幸福と不幸と女たち
幸福とか不幸とか
比較できるものではないし
比較してあーだこーだと思ってはいけないのだと
ずっと教えられてきたので
そうするものであると思いこもうとしてきたところがある。
そうはいっても無意識に自分の中で
比較してしまってハッとすることがある。
なんであの人ばっか
あんなになにもかも恵まれているのだろう
うらやましさを通り越して
なんか
おもしろくねぇ~~~~~
なんて思ってしまうのよね。
そんなこと思う自分に自己嫌悪を
感じたりして。
なんか悪循環。
その昔予備校の英文和訳のテキストでも習ったような覚えがある。
「全ての不幸の根源は比較することから始まる」
とかなんとか書いてあった。
その英文和訳のテキストなかなか
興味深い例文が載っていた。
「どんなに歳をとった老人でも
明日死ぬと思っている老人はいない」
というもの。
印象的だったのでしっかり覚えている。
そういえば高校のリーダーのテキストで
英語は忘れたけど和訳の方は
しっかり覚えているものがある。
こんなのだ。
「例えば数人の女性が電車の中にいるとする。
新しくそこに着飾った女性が入ってきたとしたら
その中にいた女性たちは
無意識にその着飾った女性の
「アラ探し」をするという行動に出るものだ。
そして1点でも自分より劣っている部分を見つけると安心し
見つけられないと、妬みを感じたり自己嫌悪に陥ったりする。」
というような内容だった。
その例文をめぐってけっこうクラスの女の子たちの
間で賛否両論が巻き起こったのだ。
女生徒A「この例文ちょっとおかしいよね。
なんぼなんでもそんなことせえへんよね」
女生徒B「いやしてるかも」
女生徒C「ウチはそんなんしたことないわ」
女生徒D「そらちょっとは気になるけど
アラ探しまではせんわ。異常やで」
女生徒E「いや私は徹底的に探す。
自分より若い子なんかそれだけでめっちゃおもんない」
とまあ活発?な意見が飛び交ったのだった。
昨日のことのように覚えている。
私はただただその子たちの話を聞くだけで
自分で発言はしなかったような記憶があるけど
てきとーーに
あいずちを打っていたのかもしれない。
あれからもう
かなりの年月が経ってしまったけれど
未だに「女の人」のことが
よくわからない時がある。
まあ自分で自分のことが未だによくわかっていないのだから
当然かも~
Posted by kurasu : 15:35 | Page Top ▲
